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企画展レポート | 美術品、文化財を100年先まで残したい。修理に必要な技術と素材を守るには? 企画展「修理のあとに エトセトラ」より

次世代が生み出したムーブメント、奇抜なアイデアを生かした芸術作品…そういった華やかな美術品ではなく、そのバックヤードに光を当てた展覧会。大阪・中之島香雪美術館で2023年4月8日(土)〜5月21日(日)に、企画展「修理のあとに エトセトラ」が開催された。時代を経て人々が残してきた価値ある美術品は、高度な技術と厳選された材料や道具を用いた「修理の技術」によって、生かされているのだ。

中之島香雪美術館は、中之島フェスティバルタワー・ウエスト4階にある

選定保存技術により、文化財が長生きする

修理を施す技術について知識を深めるために、2023年5月13日(土)に開催された講演「修理を支えるわざ」に参加した。中野 慎之氏(文化庁 文化財第一課)が登壇し、選定保存技術について解説を行った。選定保存技術制度とは、文化財の保存のために欠くことのできない伝統的な技術または技能である「文化財の保存技術」のうち、保存の措置を講ずる必要のあるものを「選定保存技術」として選定し、その保持者や保存団体を認定する制度のことだ(文化庁HPより)。

中野 慎之氏(文化庁 文化財第一課)

たとえば文化財が破損したり燃えたりしないよう対策を徹底しても、時間がたてば必ず劣化するが、時代の変化で修理の技術が失われていると維持ができなくなる。こういった事態にならないよう、文化財の保存に必要な伝統技術を持つ担い手や団体を、国が認め保護しているということだ。

国が認めているこの選定保存技術は、84件あるという(※令和4年12月現在)。そのジャンルは、絹製作、表具用木製軸首製作、庭師など多岐に渡っている。

▷選定保存技術の保持者・保持団体

企画展「修理のあとに エトセトラ」が生まれた背景には、公益財団法人香雪美術館(神戸市・御影)の50 年の歴史がある。重要文化財19点や重要美術品32点などを収蔵しており、2013 年から本格的に始動した所蔵品の修理事業により、約30件の所蔵作品が修理を終えたところだ。2018年に開館した2館目の施設である中之島香雪美術館での展示では、修理された作品とその作品の修繕ビフォアアフターの様子が並べられ、修理の工程が明記されていた。

企画展「修理のあとに エトセトラ」の展示風景

過去現在因果経巻第五(江戸時代)

上畳本三十六歌仙絵猿丸太夫(鎌倉時代)

美術品が長く生きるためには、修復師の高い技術と根気良い作業がある。過去の美術品が、美しい姿のままでいられているその裏には、彼ら彼女らの努力が存在しているのだ。

美人夏姿図(江戸時代)

日本の紙・絹文化に欠かせない装潢師

今回の企画展では、選定保存技術の中でも「装潢(こう)修理技術」が大きく取り上げられていた。装潢とは、絵画、古文書、屏風やふすまなどの表装・修理を指す。装潢師は、その道のプロのことだ。紙や絹は便利である一方、劣化しやすい脆弱な素材でもあるため、高温多湿な日本の環境下での保存は容易ではない。ここで大きな役割を果たしたのが、これらを補強するための装潢の文化なのだ。

装潢の代表的な技術には、「裏打ち」がある。紙や絹の裏側にのりで紙を貼り重ねて補強するもので、水墨画や書道のように和紙を扱う作品には欠かせない工程だ。これによって薄く脆弱な素材も裏に紙を貼ることで強化され、巻いたり畳んだりすることが可能になる。この裏打ちは、50〜100年を周期として取り替える必要がある。

美濃紙、美栖紙、宇陀紙などの代表的な裏打ち紙を使って、小麦澱粉糊を刷毛で貼り重ねていく…。装潢修理にはこれまで多種多量の用具と材料が用いられてきた。

美濃紙、美栖紙、宇陀紙は、修理するものによって使い分けられる

「必要不可欠だった裏打ち紙。それなのに、当時裏打ちがどういう様子で行われてきたのか、明確な記録が残っていません。しかし明治時代に文化財保護の仕組みができてからは、材料や技法の組み合わせはほとんど変わっていないようです。この組み合わせであれば、長いあいだ文化財を残すことができる、という実績があるわけです」と中野 慎之氏は話す。

明治後期になると、国による保存事業が進み、文化財保護の仕組みが生まれた。昭和50年には、この選定保存技術制度が創設され、技術の保存・伝承に多くの努力が払われている。しかし、修理を行う上で問題となるのは、技術者の後継者育成だけではない。修理をするための素材の維持も大きな問題となっている。

美栖紙と宇陀紙を作る上でもそれぞれ素材が異なる

宇陀紙を作る上で必要となるノリウツギ。どこにでも生えている身近な木だが、現在では樹皮の採取はほとんど行われていない。時代の変化により、使われ方もほとんど文化財修理のためのみと限られるようになり、ビジネスとして成り立つには難しい状態が続いている。

修理に必要となる、素材を守るために

「保存修理技術は、多くの道具や材料に支えられて、成し遂げられています。修理の技術が失われたり、紙を漉く技術が失われたりすると、国宝の修理もできなくなります。その前に素材そのものがなくなるかもしれません。

日本では人がなにかを表現するときや記録するときに、紙や絹のような素材に絵や文字を書いてきました。しかし時代の流れにより、情報伝達の手段も変化しています。それに反して、修理を支える技術が残されているのは、技術を変えない負担、経済的負担を選びながらも継続してきた技術者がいたからこそだと言えるでしょう」と中野氏。

国宝の修理ができなくなる、という危機的状況を目の前に並べられると、身動きが取れなくなってしまう感覚になる。なんとなく気づいてはいるが、自分にできることがなにかあるのか…? この日の講演を聞いた約200名の観客も、遠からず同じ気持ちだったのではないだろうか。

有効な手段はあるのか?時代の変化を嘆くばかりでは寂しい。文化庁も調査や支援をすすめており、危機的状況を知った北海道の標津町は、文化財保護への貢献と観光や教育などの観点から、ノリウツギの販売事業もスタートしたという話も紹介された。

技術の大切さや技術に関心を向けることはできるだろう。それがひいては、文化財を次の時代に続けるための新しい視点を育てていくことに繋がるかもしれない。この企画展と講演を通して、美術品や文化財を見るための視点が一つ増えた気がする。

<開催情報>
企画展「修理のあとに エトセトラ」記念講演会
「修理を支えるわざ」【今こそ知っておきたい、「選定保存技術」のあれこれ】

日程|2023年5月13日(土) 14:00~15:30
会場|中之島会館(中之島香雪美術館隣)
登壇者|中野 慎之氏(文化庁 文化財第一課)
詳細|https://www.kosetsu-museum.or.jp/nakanoshima/exhibition/__trashed-2-2/

取材・文
小倉 ちあき
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