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展覧会レポート | 「見えない壁」を越えようとしたとき。
前編

2021年9月、建築家の郡裕美さん(スタジオ宙一級建築士事務所 )から個展のお誘いメールが届いた。昔取材をさせていただいてから、ちょこちょこと展示のお誘いをくださる。こういうのは、とてつもなく嬉しい。個展名は、『郡裕美展 壁の向こうへ』。コロナ禍のおかげで閉じこもりがちになり、日常の中から「アート」が消えかかっていた私にとって、アートギャラリーへと足を伸ばすきっかけになった。

Googleマップが指し示す展示会場を目指して、スマホを見ながら歩く。展示会場は、大阪の裏なんばを指している。元キャバレー「味園ユニバース」の前には、長蛇の列が。今日はライブが有るのかしら?ネオンが眩しい商店街や飲食店が立ち並び、「ザ・なんば」を感じさせるエリアを通過していく。

窓から緑色の灯りがもれている「ギャラリー日本橋の家」

裏道路沿いに、ガラス窓が緑色にぼんやりと光る、縦に細長いコンクリート打ちっぱなしのビルが見えてきた。ネオン街・提灯・煙となにかと騒がしい街に、颯爽とした静けさを抱えて佇んでいた。たどり着いたのは、「ギャラリー日本橋の家」。建築家の安藤忠雄によって、1994年に設計された個人邸だ。現在は、ギャラリーとして運営されている。

久しぶりにアートに触れる。なんとなくの気恥ずかしさがあり、一度はビルを通り過ぎる。やばい、17時15分だ。17時から、郡さん直々に作品紹介をしてくださるツアーがある。その後18時からは、建築家・島田陽さん(タトアーキテクツ)との対談トーク・公開インスタライブも控えている。緊張感を抱え、多少のうつむき加減で、緑色に光るビルの中へ早足で駆け込んだ。

3階からの様子。緑色に発光する蛍光管が摺りガラスの窓から透けて見える

3階からの様子。緑色に発光する蛍光管が摺りガラスの窓から透けて見える

3階からの様子。緑色に発光する蛍光管が摺りガラスの窓から透けて見える

受付を済ますと、ツアーは始まっていた。駆け込みセーフ!郡さんは私に気づくと少し微笑んで、参加者への説明を続けた。そう、年齢を感じさせない少女のような郡さんのキラキラした瞳は、人を惹きつける。

「今回の展示では、2020年からのコロナ禍で強いられているステイホームやソーシャルディスタンスにより受ける閉塞感や、人が社会との間に生み出してしまう、物理的ではない心の境界や壁を浮き彫りにしたかった。」と郡さんは話す。

作品を一つ一つ巡りながら、その作品が生まれた背景を語ってくださった。

間口は小さいが奥に広いギャラリーは、3階建てで、中央には吹き抜け空間が存在する。厚いコンクリート壁に囲まれ、周辺の喧騒からとは乖離された空間だ。複数の部屋をコンクリート壁とコンクリートの階段がつなぎ、迷路に迷い込んだような感覚に陥る。安藤忠雄さんらしい建築美に感心しながら、吹き抜けを見上げる。夕暮れのなんばの空が四角く切り取られ、鮮やかに青い。

吹き抜けの屋根

吹き抜けの屋根

本展覧会のテーマと同題である作品《見えない壁》は、ウール糸を天井と壁面に張り巡らせた作品。糸と壁面がつくる間には一見壁があるように見えるが、もちろんそこには何もない。「こういう形状をしたものは、ドアである」という固定概念により壁があるように見えてしまうのだ。その間を通過することは誰も止めていないのに、なぜか躊躇してしまう。心に生じる小さな違和感。この瞬間が切り取られ作品化されている。

奥には、乗り越えた人にだけ届く、小さなメッセージも。そこには、「壁を作っているのは自分。乗り越えて、壁の先にある世界を見てほしい」という郡さんの願いが込められている。

《見えない壁》2021年 インスタレーション作品

《見えない壁》2021年 インスタレーション作品

過去作品で興味深かった作品は、吹きガラス管の中にキセノンガスを入れて、両端から電圧を加えた《Matsukaze》。電圧が音を立てている。茶の湯で、湯が湧く際に茶釜が奏でる音を「松風」というそうだが、この音と似ていることから命名したそうだ。

吹きガラス管の中に、閉じ込められた“何者か”の気持ちになってみた。ガラス越しに見えているが、決して行けない外の世界に思いを馳せる。見えているのに、閉じ込められているのはなぜ?

ガラスの中に築かれている空間と外の空間。郡さんの根幹にあるのは、「見えないものが見たい」という興味なのだろう。

《Matsukaze》2009年 インスタレーション作品

《Matsukaze》2009年 インスタレーション作品

▶次回(後編)へ続く。

※展示会『郡裕美展 壁の向こうへ』(2021年9月4日)にお邪魔させていただいた際のレポート・エッセイです。

文・写真:小倉千明

WRITING
小倉 ちあき / 地域・アート・暮らしの領域で執筆。https://lit.link/kurumuruchiiii
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